ジャック=ルイ・ダヴィッドの作品一覧・解説『サン=ベルナール峠を越えるボナパルト』、『マラーの死』

ジャック=ルイ・ダヴィッドの有名(ポピュラー)な作品から、あまり知られていない作品までを厳選して紹介いたします。

ホラティウス兄弟の誓い

ローマの忠誠と愛国心をテーマにした歴史画です。
この作品は、ローマとアルバを戦争から救うために戦うことになったホラティウス家の三兄弟が、父の前で祖国のために命を懸けて戦うことを誓う場面を描いています。
画面中央では、父親が三本の剣を掲げ、息子たちがそれに右手を差し出して誓いを立てており、その厳格で直線的な構図が英雄的かつ理性的な新古典主義の精神を象徴しています。
一方で、右奥には悲しみに暮れる女性たちが描かれ、個人の感情と国家への忠誠の対比が浮き彫りにされています。
フランス革命直前のこの作品は、個人より国家を優先する道徳的理想を提示し、当時の政治的・社会的緊張とも深く結びついています。色彩は抑制され、構図は明快で、古代ローマ美術に倣った厳粛なスタイルが特徴です。

ホラティウス兄弟の誓い
Date.Date.1784

マラーの死

フランス革命期の画家ジャック=ルイ・ダヴィッドが、革命指導者ジャン=ポール・マラーの暗殺直後を描いた新古典主義の名作です。
マラーは過激な革命家で、皮膚病のため浴槽で仕事をしていたところ、ジロンド派のシャルロット・コルデーに刺殺されました。
ダヴィッドは友人でもあったマラーの死を、まるで殉教者のように理想化して描き、彼の死を革命の崇高な犠牲として表現し、画面には血を流しつつも穏やかな表情で横たわるマラーと、手にする手紙、簡素な背景が配され、宗教画を思わせる静謐な構図が採用されています。
色彩は抑えられ、構成は明快で、視線をマラーの顔と手に集中させることで、彼の高潔な人格と革命精神が強調されています。
この作品は、政治的プロパガンダであると同時に、美術史上における殉教的英雄像の革新的表現として高く評価されています。

マラーの死
Date.Date.1793

サン=ベルナール峠を越えるボナパルト

英雄的肖像画で、ナポレオン・ボナパルトのアルプス越えを理想化して表現した作品です。
実際にはナポレオンは落ち着いた姿勢で峠を越えましたが、ダヴィッドは彼を軍馬にまたがり、風になびくマントと鋭い眼差しで堂々と描き、政治的宣伝を意図した象徴的な表現を用いています。
画面には「ボナパルト」「ハンニバル」「カール大帝」といった歴史的征服者の名が岩に刻まれ、ナポレオンの偉業を歴史的スケールで強調しています。
新古典主義的な明快な構図と緊張感のある筆致が調和し、理性と力を兼ね備えた英雄像が提示されています。
ダヴィッドはこの作品で現実の記録よりも政治的理想や神話化を優先し、ナポレオンを時代の救世主として視覚的に印象づけることに成功しました。

サン=ベルナール峠を越えるボナパルト
Date.1805

書斎のナポレオン

軍人としてだけでなく、法と政治の整備者としてのナポレオン像を強調しています。
画面では、ナポレオンが軍服を着たまま書斎に立ち、剣を腰に下げつつも、机の上には法典や書類、羽ペンが置かれ、統治者としての知性と勤勉さが象徴されています。
時計は午前4時を指し、徹夜で働いた様子を暗示し、背後の椅子や室内装飾からは威厳と統治の正統性が漂います。
新古典主義らしい簡潔で明確な構図により、ナポレオンの英雄性だけでなく、法治国家の建設者としての側面が視覚的に表現され、プロパガンダ的な意図も強く込められた作品です。

書斎のナポレオン
Date.Date.1787

ソクラテスの死

古代ギリシャの哲学者ソクラテスの最後の瞬間を描いた新古典主義の歴史画で、理性と道徳的信念を称える作品です。
アテナイの法に従って毒杯をあおるソクラテスは、死を前にしても動揺せず弟子たちに語りかけており、その毅然とした姿勢が画面中央で強調されています。
周囲には悲しみに暮れる弟子たちが描かれ、感情と理性の対比が鮮明に表現され、明確な線描、抑制された色彩、古代的な建築背景など、新古典主義の特徴が随所に見られ、啓蒙思想に基づく倫理的理想が強く打ち出されています。
フランス革命前夜に制作されたこの作品は、国家や信念のために命を賭ける崇高な精神の象徴とされ、政治的・思想的なメッセージ性を帯びた歴史画の傑作です。

ソクラテスの死
Date.Date.1812

皇帝ナポレオン1世と皇后ジョゼフィーヌの戴冠式

大規模な歴史画で、1804年のナポレオンの戴冠式の荘厳な場面を記録しつつ政治的意図を込めた作品です。
画面中央では、ナポレオンが自ら皇后ジョゼフィーヌに冠を授ける場面が描かれ、ローマ教皇ピウス7世は着座して見守っており、実際にはナポレオンが自分で冠をかぶった場面を避けることで、彼の主権と慈悲の演出が強調されています。
構図は古典的で、明確な遠近法と光の効果により視線がナポレオンに集まるよう工夫され、登場人物の衣装や装飾も細部まで豪華に描かれ、帝政の威厳と正統性を視覚的に訴えています。
ダヴィッド自身も画面右端に自画像として登場し、画家としての立場を示すと同時に、この作品を国家的記録画として位置づけています。
新古典主義の形式を用いながらもロマン主義的な壮麗さを取り入れ、ナポレオン体制を正当化する視覚的プロパガンダとして機能する作品です。

皇帝ナポレオン1世と皇后ジョゼフィーヌの戴冠式
Date.Date.1799

サビニの女たち

ローマ建国神話を題材に描いた歴史画で、戦争を止めようとする女性たちの勇気と和解の力を主題としています。
物語はローマ人に略奪されたサビニ人の女性たちが、後に自分の夫と父親が戦う場に立ち入り、流血を止めようとする場面で、画面中央にはサビニの女性ヘルシリアが両手を広げて戦闘を制止する姿が描かれています。
男性たちの激しい動きに対して、女性たちの静かな決意が際立ち、理性と感情、暴力と和解の対比が明確に表現されています。
新古典主義的な均整ある構図、簡潔な線描、克明な肉体描写が特徴で、フランス革命後の混乱に対する和解と安定の願いが込められた政治的寓意を含んだ作品とされています。

サビニの女たち
Date.Date.1800