
ウィリアム・メリット・チェイスの有名(ポピュラー)な作品から、あまり知られていない作品までを厳選して紹介いたします。
目次
ボートハウス、プロスペクトパーク
ニューヨークのブルックリンにあるプロスペクト・パークの静かな水辺を捉えた作品で、チェイスが当時アメリカ印象派の中心的存在として室外制作に積極的に取り組んでいた時期の代表的な一枚です。
都市公園という近代的な題材を取りながらも、自然と光の移ろいを繊細に描き出すことで、フランス印象派の影響を柔軟に吸収したアメリカならではの風景表現を確立しています。
画面では、ボートハウスの建物が水面に柔らかく反射し、周囲の木々が淡い緑と影の対比で奥行きを生み、観る者を日常の憩いへと誘います。
水面の表現では短いストロークと色の微妙な変化を駆使して揺らぎと光の反射を活写しています。
また、構図は左側に建物を置き、広がる水面と草木を対峙させることで安定感と静謐さを同時に生み出し、都会の中の静かな休息地という公園の性格を巧みに伝えています。
画家が自然の光と空気を即興的に捉えながらも、洗練された構成力を発揮した作品となっており、アメリカ印象派の成熟を示す重要作といえます。

Date.1887
オランダの晴れた午後
ヨーロッパを旅行していた時期に制作された作品で、特にオランダ滞在から受けた光と色の影響が色濃く反映されています。
チェイスはハーグ派の落ち着いた色調や、レンブラント以来の北方光の扱いに刺激を受けつつ、そこに自身の軽快な筆触と明るいパレットを融合させ、オランダの田園に広がる穏やかな午後の空気を捉えています。
画面では、広い空と低く伸びる地平線が特徴的なオランダ風景が伸びやかに描かれ、乾いた光が家々や草地をくっきりと照らし、陰影が澄んだコントラストを生み出します。
チェイスは明るい色を薄く重ねる技法を用いて陽光の透明感を表し、遠景には柔らかな青や灰色を置くことで広がりと静けさを強調しています。
光に包まれた瞬間の空気を捉えることを優先しており、後年のアメリカ印象派作品へとつながる方向性がすでに示されています。
作品全体は旅先での感興を生き生きと伝え、チェイスが国際的感覚を備えた風景画家として成長していく過程をよく物語っています。

Date.1884
シンネコック湾の晴れた日
彼が夏季に指導していたシンネコック・サマー・スクールでの制作から生まれた代表的なアメリカ印象派作品です。
ロングアイランド特有の澄んだ光と広々とした海辺の空気感を捉えることに主眼が置かれ、チェイスの成熟した風景描写が存分に発揮されています。
画面には、明るい砂丘や草地、遠くに広がる湾の青が軽快な筆致で描かれ、色彩は白や淡い黄土、青の組み合わせによって強い日差しのまぶしさと乾いた空気が表現されています。
チェイスは薄く重ねる色層と素早いストロークを用い、特に陽光に照らされた砂地では、色の混ざりを最小限にして光の反射を直接的に示す印象派的技法を採用しています。
構図は低い地平線と大きく取られた空が画面の開放感を支え、湾の水平線が静かな安定感をもたらします。
人物や細部は簡略化され、光が形をつくるという印象派の理念がより際立っており、チェイスがアメリカの自然を独自の感性で再解釈した作品として高い評価を受けています。

Date.1892
スタジオのインテリア
彼がニューヨークのティンパニー・スタジオを拠点に活発に創作活動を行っていた時期の作品で、画家自身がこだわり抜いて装飾したアトリエ空間を描いたものです。
チェイスは異国の調度品、豪華な布地、骨董や絵画を集め、アトリエを創作と社交の場として演出していましたが、本作はその華やかさと雑多な魅力を視覚的に凝縮しています。
画面は暗めの背景に対して、小物や家具の色彩が点描的に輝き、まるで静かな舞台のような雰囲気を漂わせます。
チェイスは豊かな色彩対比と緻密な質感表現を得意とし、絨毯や布の模様、金属や陶器の反射を細やかな筆致で描きわけ、素材ごとの手触りを生き生きと伝えています。
また、室内の柔らかな光を巧みに扱い、暗部を深く沈ませることで奥行きを強調し、光の当たる部分の色を鮮やかに際立たせる手法を用いています。
家具や装飾品が対角線上に配置されており、視線が自然に空間を巡るように設計されている点が特徴です。
趣味的収集と絵画的洗練を結びつけた象徴的な作品であり、彼の美意識と19世紀後半アメリカのアトリエ文化を体現した重要作となっています。

Date.1882
4番街スタジオの自画像
画家晩年の円熟した筆致と自己省察的な視線が結びついた重要な肖像画です。
ニューヨークの4番街に構えたスタジオを長年の拠点としており、本作はその静謐で歴史を感じさせる作業空間を背景に、自らの芸術家としての立ち位置を改めて示したものです。
チェイスは背筋を伸ばし、落ち着いた眼差しでこちらを見つめ、長年の経験を自信と静かな誇りとして表しています。
色調は深い茶や黒を基調とした落ち着いたパレットで、背景の重厚な家具や装飾は控えめに描かれ、画家の存在感を際立たせます。
筆致は若い頃の軽快さよりもさらに凝縮され、布や髭、肌の質感を的確なタッチで描き分け、光の当たる部分ではわずかな色の差異を重ねることで立体感を強めています。
また、構図はややオフセットされた位置に人物を置くことで空間に余裕を生み、スタジオという創作の場と画家自身を同等に重要なテーマとして扱っています。
チェイスが成熟期に到達した精神性と技術の精度を示す作品であり、作家人生の集大成としても位置づけられる自画像となっています。

Date.1915-1916
オープンエアの朝食
彼が家族と過ごした夏のひとときから着想を得た屋外情景で、アメリカ印象派の名品として知られています。
チェイスは戸外制作の自由な光を愛し、本作でも木陰の柔らかな陽光と家族の穏やかな時間を抒情的に捉えています。
白いテーブルクロスや食器に降り注ぐ光は淡い色層で繊細に重ねられ、筆触を混ぜすぎないことで空気に溶け込むような明るさが表現されていおり、木漏れ日が人物や家具にリズムを与え、光と影が画面全体の構成を導く役割を果たしています。
家庭的な団欒の瞬間を軽やかな筆致と明るいパレットで捉え、チェイスが屋外表現の可能性を大きく広げた一作となっています。

Date.1888
友好的な呼びかけ
都市生活の一瞬を軽やかに切り取った作品で、チェイスが人物画と印象派的筆致を結びつけていた時期の性格をよく示しています。
画面には街路で軽く声をかけ合う人物が描かれ、その仕草や表情を通じて都会の日常に潜む温かさが表現されています。
ニューヨークの洗練された女性像や都市の洗練された光景を積極的にテーマにしており、本作もその流れの中に位置づけられます。
輪郭を厳密に描き込むのではなく、流れるようなストロークで衣服や背景をまとめ、光の方向を意識した明暗の配置によって人物の存在感を引き立てており、特に衣服の白や淡い色合いには薄塗りの層を重ねることで柔らかな光を宿らせ、背景は簡略化して人物の動作に視線が集まるように構成されています。
また、街路の空気感を残すために筆触を適度に残し、都会的な軽快さと瞬間性を強調しています。
日常の小さな交流を絵画的な洗練として昇華した作品であり、人物表現の成熟が感じられる一枚となっています。

Date.1895
海辺にて
アメリカ印象派を牽引した彼が、家族と過ごしたロングアイランドのシンズビーチを舞台に描いた、明るく開放的な屋外作品です。
チェイスはこの時期、身近な人物や自然を軽やかな筆致で描くことに情熱を注いでおり、本作でも妻や子どもといった家族モデルが登場すると考えられています。
強い日光に照らされた砂浜と海風になびく衣服の表現からは、光と空気感を捉えようとする印象派的な探究がはっきりとうかがえます。
技法面では、鮮やかな白や青を主体とし、短く緩やかな筆触で輝度の高い色面を重ねることで、夏の眩しい雰囲気を視覚的に伝えています。
また、人物を風景の中に自然に溶け込ませ、日常の優雅なひとときを切り取ることで、19世紀末のアメリカにおけるレジャー文化の象徴とも言える作品となっており、家庭愛と光の表現に対する洞察が結晶した一枚であり、彼の成熟期を代表する作例と評価されています。

Date.1895
日本の着物を着た少女
19世紀後半に欧米で高まったジャポニスムの流行を背景に制作された作品で、チェイスが異国趣味と洗練された肖像表現を融合させた代表作のひとつです。
画家は自らのスタジオに多くの東洋美術を飾っており、本作でも日本の着物や扇子といったモチーフを用いて、装飾性の高い雰囲気を際立たせています。
少女は鮮やかな模様の着物に身を包み、柔らかい光が布地の質感や複雑な柄を浮かび上がらせています。
チェイスは細やかな筆致で着物の色彩を描き分けつつ、肌や髪は滑らかなタッチでまとめ、異国的な衣装と子どもの柔らかい存在感を調和させています。
ジャポニスムの装飾性とチェイス特有の柔らかな写実を融合させた作品であり、19世紀末アメリカ美術が異文化に魅了された時代の空気がよく伝わる一枚となっています。

Date.1890
Keying Up(宮廷道化師)
初期の出世作として知られ、若いチェイスが華麗な色彩感覚と高度な写実を兼ね備えた画家であることを強く印象づけた作品です。
当時のチェイスはミュンヘン美術院で学び、濃厚な色調と強い明暗対比を特徴とするミュンヘン派の影響を受けており、本作にもその特色がはっきりと表れています。
画面には鮮烈な赤い衣装をまとった道化師が登場し、舞台に上がる前に気持ちを高めている瞬間が描かれており、衣装の赤や白の輝きは厚塗りと大胆な筆致によって強調され、光を受けた布の質感が生き生きと再現されています。
背景は暗く抑えられ、人物の鮮やかな色彩が際立つように構成され、強いコントラストがドラマ性を高めています。
また、金属やガラス、楽器など小道具の描写は細密でありながら、筆触の勢いを残すことで全体の緊張感を支えています。
チェイスは後年の明るい印象派的作風とは異なる力強い写実を示し、若い画家としての技巧と野心を証明した作品となっています。

Date.1875
若い孤児
彼が人物表現において詩情と気品を追求していた時期の作品で、社会的テーマを扱いながらも哀感に寄りすぎず、静かな尊厳をもって少女を描いた点に特徴があります。
当時のチェイスは多くの肖像画を制作しており、本作でもモデルの内面を引き出すような落ち着いた光と洗練された構図が用いられています。
少女は黒いヴェールのような布をまとい、背景は暗く簡略化され、彼女の顔立ちと静かな表情に視線が自然と集中します。
わずかに差し込む光が少女の頬や目元を照らし、暗い背景とのコントラストが象徴的な雰囲気を生み出し、外面的な派手さを排しながら強い存在感を示す作品であり、チェイスの写実と心理描写の成熟が感じられる一枚となっています。








