ジャン=バティスト・シャルダンの作品一覧・解説『食前の祈り』、『赤エイ』

ジャン=バティスト・シャルダンの有名(ポピュラー)な作品から、あまり知られていない作品までを厳選して紹介いたします。

眼鏡をかけた自画像

彼の晩年に描かれた作品であり、老境に入った画家が自己を冷静に見つめた姿を示しています。
画面には頭巾をかぶり、丸眼鏡をかけたシャルダンが描かれ、視線は正面ではなくやや外側に向けられ、内省的で静かな雰囲気を漂わせています。
かつて静物画や風俗画において見せた緻密で柔らかな筆致はここでも生かされ、肌の質感や眼鏡の透明感が控えめながらも確かに表現されています。
眼鏡は老いと視力の衰えを象徴すると同時に、知性や観察の眼差しを示す要素としても機能し、また、背景はほとんど装飾を持たず、人物を際立たせることで、自己の存在を飾らず誠実に描こうとする姿勢が感じられます。
華美な自負や理想化を排し、老画家としての現実を受け入れる落ち着いた気品を表す自画像として高く評価されています。

眼鏡をかけた自画像
Date.1771

桃のバスケット

静物画に特徴的な質素で落ち着いた美を示す作品です。
画面には籠に盛られた桃が描かれ、その表面の柔らかな産毛や熟した色合いが自然光を受けて繊細に表現されています。
背景は暗く簡素に処理され、対象物が一層際立つ構成となっており、華やかな技巧よりも静けさと質感の真実性に重きが置かれています。
シャルダンは果物を単なる食材としてではなく、時間の流れや自然の恵みを感じさせる象徴的な存在として捉えており、慎ましくも深みのある画面を作り出しています。
この作品は彼の「日常のものに美を見いだす」眼差しを端的に示し、18世紀フランスにおける静物画の独自の価値を確立する一例となっています。

桃のバスケット
Date.1768

赤エイ

シャルダンが王立絵画彫刻アカデミーに入会を認められるきっかけとなった重要な作品とされています。
画面中央には、吊るされた赤エイが描かれ、その内臓が生々しく表現されています。
周囲には魚やカキ、鍋、水差し、瓶などの台所用品が配置され、静物画としての豊かな表現がなされています。
画面左には、魚を狙う猫の姿も描かれ、動物と静物が巧みに組み合わさっており、物の質感や光沢を細部まで丁寧に描写し、日常の一瞬を静謐に切り取る技術に優れています 。
シャルダンの静物画としての新たな境地を開いたとされ、彼の画業における重要な位置を占めており、静物画における新たな可能性を示した作品として、美術史上でも高く評価されています 。

赤エイ
Date.1725

食前の祈り

フランス・ロココ時代に描かれたにもかかわらず華美さを排し、家庭的で静謐な雰囲気を持つ作品です。
画面には母親と二人の子どもが食卓を囲み、食事の前に祈りを捧げる姿が描かれています。
母親は慎ましさと温かみを漂わせ、子どもたちは素直に手を合わせる姿を見せ、卓上に並ぶのは質素な料理であり、贅沢を避け、労働と信仰を大切にする庶民の生活を象徴しています。
この絵が当時評価されたのは、宮廷的な華麗さや神話的主題とは異なり、日常の徳や家庭の美徳を描き出した点にあります。
シャルダン特有の柔らかな光と落ち着いた色調が家庭の温もりを強調し、フランス啓蒙期における「家庭の道徳」や「素朴な信心」を視覚化した作品として重要です。

食前の祈り
Date.1740

芸術の特質とそれに与えられる報酬

寓意画として描かれ、芸術そのものの尊厳とその成果に対する評価を視覚的に示しています。
画面には女性像が芸術を象徴する存在として表され、彼女のそばには画材や楽器といった道具が置かれ、絵画や音楽など幅広い芸術領域を包含していることが示されています。
さらに、その周囲には栄誉や報酬を象徴する月桂冠やメダル、あるいは富を暗示する要素が配置され、芸術が人間社会に価値をもたらし、敬意や報奨によって讃えられるべきであるという思想が表現されています。
シャルダンは華麗なロココ的装飾ではなく落ち着いた色調と構図を用い、寓意を誇張するのではなく誠実に伝えようとしています。
彼自身が静物や日常画によって評価を高めていた時期に、芸術家の社会的地位や芸術の役割を正面から提示した重要な作品であり、18世紀フランスにおける芸術の道徳的価値と公共的意義を象徴しています。

芸術の特質とそれに与えられる報酬
Date.1766

銀のチュリーン

静物画の代表作のひとつであり、日常的な器物を格調高く描き出した作品です。
画面の中心には重厚な銀製のスープ入れが置かれ、その輝きや質感が落ち着いた光の中で丁寧に表現されています。
その周囲にはパンや果物などが配され、質素な食卓の情景でありながらも、全体に静かな荘厳さと均整のとれた構成が漂っています。
シャルダンは装飾的な華麗さを避け、対象の重みや存在感をありのままに描き出し、物の静かな尊厳を引き出しています。
この作品は、日常の器物に普遍的な美を見いだすシャルダンの眼差しをよく示しており、18世紀フランスにおける静物画の地位を高めた重要な作例といえます。

銀のチュリーン
Date.1728

独楽を回す少年

子どもの無邪気な遊びを主題とした風俗画であり、日常の一瞬を温かくとらえた作品です。
画面には木の独楽に糸を巻き付けて遊ぶ少年が描かれ、その集中した姿勢や表情から、幼い探求心や遊びに没頭する純粋さが伝わってきます。
背景は簡素に処理され、過度な装飾を避けることで少年の姿と行為が際立ち、生活感と親しみやすさが強調されており、シャルダンはこのような題材を通じて家庭や子どもの成長を徳や教育と結びつけ、当時の啓蒙思想と共鳴する価値を作品に込めています。
彼の静物画と同様に日常の中の美と真実を丁寧に描き出す姿勢を示すものであり、18世紀フランスにおける家庭的風俗画の重要な位置を占めています。

独楽を回す少年
Date.1738

銀の杯

静物画に典型的な落ち着きと誠実さを備えた作品です。
画面には銀製のカップが卓上に置かれ、周囲にはパンや果物といった素朴な食卓の要素が配されています。
銀の器は光を反射しながらも決して派手ではなく、柔らかな陰影によって重厚さと静けさが強調されています。
背景は暗く抑えられ、対象物の存在感を際立たせることで、日常の品に潜む普遍的な美が丁寧に表現されており、シャルダンは技巧を誇示するのではなく、物の質感や重みを静かに描き出し、慎ましい生活の中にある豊かさを伝えています。
静物画を通じて18世紀フランスにおける芸術の道徳的価値を高めたことを示す重要な例といえます。

銀の杯
Date.1760-1768

良い教育

母と娘の日常的なやり取りを通して家庭教育の大切さを描いた風俗画です。
画面には母親が椅子に腰掛け、娘に向かって穏やかに話しかける姿が描かれ、娘は真剣な面持ちで母の言葉を聞いています。
背景や調度は簡素にまとめられ、場面の中心となる母子の関係が際立つ構図になっています。
華美な装飾や劇的な表現は避けられ、代わりに落ち着いた色調と柔らかな光が、家庭の温かさと教育の誠実さを強調し、18世紀フランスにおいて啓蒙思想と結びついた「家庭徳」や「子どもの育成」という価値観を視覚化したものであり、シャルダンが日常生活の中に道徳的意義を見いだしたことを示す重要な例です。

良い教育
Date.1753

ラケットを持つ少女

子どもの遊びを通じて無邪気さと素朴な日常を描いた風俗画です。
画面にはテニスに似た遊びの道具であるラケットを手にした少女が立ち、その姿勢や視線には遊びへの期待と好奇心が表れています。
背景は余計な要素を排し、少女の存在が際立つように構成され、全体に落ち着いた色調が用いられています。
シャルダンは華麗な宮廷的表現ではなく、子どもの自然な姿を誠実にとらえることで、家庭的で教育的な価値を強調しました。
啓蒙思想と結びつく「子どもの純真さ」と「健全な成長」を象徴しており、彼の静物画と同様に日常の中に普遍的な美を見いだす姿勢を示しています。

ラケットを持つ少女
Date.1737