
ジョン・コンスタブルの有名(ポピュラー)な作品から、あまり知られていない作品までを厳選して紹介いたします。
乾草の車
故郷サフォーク地方のストウア川沿いの農村風景を題材にしており、農夫が馬に引かせた荷車を川に入れて渡る場面が描かれています。
コンスタブルは生まれ故郷であるこの地域を生涯にわたって繰り返し描き、その土地の自然と暮らしを芸術に昇華させました。
本作の魅力は単なる田園風景の記録ではなく、自然の光や空気、時間の移ろいを画布に定着させようとする意志にあり、技法的には、コンスタブルは戸外でのスケッチを重視し、油彩による小下絵を数多く制作してから大作に臨みました。
そのため、作品には細部の緻密さと全体の生き生きとした空気感が両立しており、特に空の表現は特徴的で、気象学的な観察に基づく雲や光の描写が画面全体の雰囲気を支配しています。
色彩は自然な調子を重視し、地味ながら豊かな緑や茶の階調を駆使し、そこに赤や白の小さなアクセントを加えることで画面を引き締めています。
このように《乾草の車》は、産業革命期に急速に失われつつあった農村の生活と自然の調和を理想化しつつも、徹底した観察眼と実験的技法によって現実感を伴わせた点で重要な作品です。
コンスタブルの風景画は後にフランスのバルビゾン派や印象派に強い影響を与え、風景を自然科学的かつ感覚的に捉える視点の先駆けとなりました。

Date.1821
トウモロコシ畑
生まれ故郷サフォーク周辺の農村風景をもとにしており、農道を進む羊飼いの少年と犬、畑や樹木、遠景に広がる青空が描かれています。
画面は全体的に穏やかな農村の生活を象徴しており、産業革命による都市化が進む当時にあって、自然と人間との調和を示す理想化された世界が提示されています。
コンスタブルが重視した戸外写生を基盤としつつ、アトリエでの大作制作に際して多くの油彩スケッチを参照したため、細部の緻密な描写と全体の統一感が融合し、筆触は繊細でありながらも生気に満ち、葉や草の揺らぎ、空の光の移ろいが巧みに表現されています。
色彩は自然観察に基づいたリアルな緑や褐色が中心で、そこに白や赤などが控えめに差し込まれ、画面に生動感を与えています。
コンスタブルが抱いた郷土への愛情と自然への敬意を反映した作品であり、後のバルビゾン派や印象派に自然を感覚的に捉える方法を示唆した重要な一枚といえます。

Date.1826
草原から見たソールズベリー大聖堂
晩年を代表する大作であり、個人的信仰と芸術的探究が融合した象徴的な作品です。
コンスタブルはソールズベリー司教であり友人でもあったジョン・フィッシャーの依頼で同大聖堂を繰り返し描き、本作はその集大成として位置づけられます。
画面には堂々とそびえるゴシック様式の尖塔、川辺に立つ牧羊犬や農民、雷雨を思わせる重厚な空、そして空を横切る虹が配され、自然と信仰、希望と不安が共存するドラマティックな構成となっています。
コンスタブルが重視した写生に基づきながらも、自然現象を心理的・象徴的に読み替える姿勢が強調されており、筆触は力強く厚みがあり、特に雲や光の表現には即興的で自由なタッチが見られ、画面全体に緊張感と荘厳さを与えています。
色彩は深い緑や暗褐色に支配されつつ、虹の明るい色彩が画面の救済的な意味を補っており、単なる風景画を超えて自然を精神的象徴として描き出す試みであり、コンスタブルの風景表現が自然観察と感情表現を融合させた点で革新的でした。
また、その崇高さと気象表現の迫力は、後のロマン主義や印象派に大きな影響を及ぼしたと評価されています。

Date.1831
デダムの谷
故郷サフォーク地方のストウア川流域を描いた代表的風景画であり、「コンスタブル・カントリー」と呼ばれる地域を象徴する作品です。
画面には緩やかに広がる川、田畑、村落、教会の尖塔などが配され、農村の静かな営みと自然の豊かさが調和した光景が表現されています。
コンスタブルはこの土地に強い愛着を抱き、少年期から見慣れた風景を生涯繰り返し描きました。
技法的には戸外での写生を重視し、光や大気の移ろいを即興的な筆触で捉え、それをアトリエでの大作に反映させま、筆致は細部に至るまで観察に基づきつつも、空や水面には緩やかで生動感のあるタッチを用い、自然の息遣いを感じさせます。
色彩は緑や褐色を基調に、光の反射や空の青が調和し、全体に穏やかな明度と自然な階調が保たれています。
郷土への深い愛情と自然観察の誠実さを融合させた作品であり、後のフランスのバルビゾン派や印象派に風景を感覚的・科学的に捉える視点を与えた点で美術史的にも重要な位置を占めています。

Date.1828
フラットフォード・ミル
彼の代表的な「六大風景画」の一つであり、サフォーク地方ストウア川沿いにある父親所有の製粉所を描いたものです。
川を進む船を曳く農夫や水辺の木々、広がる空が調和し、農村の生活と自然の息遣いが生き生きと表現されており、背景には産業革命期に変貌しつつあったイギリス社会に対し、素朴で永続的な郷土の情景を理想化する意図が込められています。
コンスタブルが重視した戸外での油彩スケッチを基盤とし、光や雲の変化、大気の湿り気を徹底して観察した成果が反映されています。
筆触はきめ細かくも活発で、木の葉や水面には点描に近い短いタッチが使われ、空には厚みのある絵具が大胆に施されるなど、後の印象派を予感させる自由さが見られ、色彩は自然観察に忠実で、深い緑や茶に川面の反射光や空の青が溶け込み、全体に柔らかな統一感を与えています。
単なる風景記録を超え、コンスタブルの郷土愛と自然への敬意を画面に結晶させた作品であり、のちの風景画の革新につながる重要な位置を占めています。

Date.1816–1817
ワイブンホー・パーク
依頼主であるマニング博士の所領を描いた大規模な風景画で、依頼絵画でありながらコンスタブルの観察眼と芸術的感性が発揮された作品です。
画面には広大な芝生、木立、池、その奥に佇む邸宅が描かれ、牧歌的な雰囲気の中に牛や人々の姿が散りばめられており、構図は横長で、広がる空と大地のバランスが巧みに調整され、穏やかな田園の気配を伝えています。
技法的には、コンスタブル特有の戸外でのスケッチをもとにした写実的描写が用いられ、芝生の色調の変化や水面への反射、空の光の移ろいが緻密に再現され、筆致は細やかでありながら生き生きとしており、空気感や季節感を自然に表すことに成功しています。
色彩は落ち着いた緑と茶を基調とし、空の青や家屋の明るい面がアクセントとなって画面を引き締めています。
依頼主の領地を称えると同時に、コンスタブル自身が理想とした自然と人間の調和を体現しており、後の大作群への布石となる重要な作品です。

Date.1816
ストラットフォードの製粉所
彼の「六大風景画」の一つとして位置づけられる作品で、ストウア川流域にある水車小屋とその周辺の農村風景を描いています。
画面には川岸で舟を操作する人々や家畜、水車小屋と茂る木々が配され、日常の営みと自然が調和する様子が生き生きと表現されています。
コンスタブルはこのシリーズを通じて郷土の風景を大画面に定着させ、ロイヤル・アカデミー展でも高い評価を得ました。
技法的には、戸外写生で培った光と空気の観察を基盤に、厚みのある絵具と生動感のある筆致を駆使して、空の雲、水面の反射、葉の揺らぎといった自然の変化を臨場感豊かに再現しています。
色彩は緑や褐色を主体にしつつ、川面の白いきらめきや衣服の赤などが効果的なアクセントとして使われ、画面に明快なリズムを与えています。
郷土愛と自然観察を結晶化させたコンスタブルの芸術の典型であり、農村風景を近代絵画の主要テーマへと高めた重要な作品です。

Date.1820
主教の庭から見たソールズベリー大聖堂
晩年に手がけられた大聖堂シリーズの一枚で、宗教的象徴性と風景画的写実が融合した作品です。
コンスタブルは友人であるソールズベリー司教ジョン・フィッシャーの依頼を受け、この大聖堂を複数回描き、自然光の変化や大気の雰囲気を丁寧に観察しました。
画面には主教邸宅の庭越しに堂々とそびえる大聖堂の尖塔、庭の木々や花、遠景の農村風景が配され、静謐で秩序ある構図が印象的で、戸外での写生を基盤にしつつ、アトリエでの緻密な再構成によって空や光の表現を強調しています。
筆触は柔らかく、木の葉や花のディテールには繊細さがあり、空や雲には厚みのある絵具で動きと深みを与え、色彩は落ち着いた緑や茶を主体とし、空や建物の明るい面が調和し、自然の光と陰影の変化を効果的に描き出しています。
単なる建築の記録ではなく、コンスタブルが自然と人間、信仰と風景の調和を追求した成果を示す重要な作品です。

Date.1823
ハドリー城
彼の晩年の風景画の一つで、イギリス郊外の歴史的建造物を自然の中に溶け込ませた作品です。
画面には古城の遺構が丘の上に佇み、周囲の樹木や草地、遠景に広がる空と大地が調和した構図で描かれています。
コンスタブルはこの時期、郷土風景と建築物の共存をテーマに、歴史的・文化的価値を持つ風景の記録と理想化を同時に追求し、戸外でのスケッチを基にアトリエで構成を整え、光と大気の変化を緻密に観察して表現しています。
筆触は柔らかくも力強く、木々の葉や草の動き、空の雲や光の反射が生き生きと描かれ、厚みのある絵具で奥行きと質感が強調され、色彩は自然な緑や茶色を基調とし、城の石壁や空の明るさが画面にアクセントを与え、静謐で荘厳な雰囲気を醸し出しています。
自然と歴史的建造物の調和を追求したコンスタブルの成熟した風景表現を示す作品であり、ロマン主義的情緒と写実的観察が融合した重要な一枚です。

Date.1829
ウェイマス湾
彼の海岸風景画の代表作で、ドーセット州ウェイマスの海岸線を描いた作品です。
画面には穏やかな湾と砂浜、岩場に寄せる波、そして遠景に広がる空と雲が配され、海と空、陸地の調和が強く感じられます。
コンスタブルはこの時期、母や妻と共にウェイマスを訪れ、海の表情や光の変化を戸外写生で観察し、自然の動きと大気の雰囲気を忠実に捉えることに努めました。
細やかな筆致で波や砂浜の質感を描き、空には厚みのある絵具で雲の立体感と光の移ろいを表現し、色彩は自然観察に基づき、青や灰色の海と空に淡い暖色が混じり、海岸の岩や砂の褐色が画面に落ち着いたアクセントを与えています。
単なる風景画にとどまらず、海と大気、光と水の関係を精緻に観察し表現したコンスタブルの写実精神と詩的感性が融合した作品であり、イギリス風景画の重要な一枚とされています。
