
アントニオ・アッレグリ・ダ・コレッジョの有名(ポピュラー)な作品から、あまり知られていない作品までを厳選して紹介いたします。
ユピテルとイオ
神話画で、ハプスブルク家の神聖ローマ皇帝カール5世のために描かれた「恋の物語(ラヴ・オヴ・ジュピター)」連作の一部をなします。
題材はオウィディウスの『変身物語』に基づき、大神ユピテルが雲に姿を変えてイオを誘惑する場面を描いています。
画面では女性イオの裸体が優美に横たわり、柔らかな肉体表現と繊細な肌の輝きが特徴的で、ユピテルを象徴する雲が彼女の体を包み込み、顔の一部だけが霧のように現れています。
コレッジョはスフマートの技法を巧みに駆使し、光と影の移ろいを滑らかに溶け合わせることで肉体の柔らかさと官能性を強調し、ヴェネツィア派の色彩豊かな伝統とパルマ派特有の柔和な造形感覚を融合させ、後世のバロックやロココ絵画に強い影響を与えています。
神話的題材を通じて官能美と神秘性を追求したルネサンス後期の代表作といえます。

Date.1531-1532
ガニュメデスの略奪
1530年代に制作された「ジュピターの恋物語」連作の一作で、神聖ローマ皇帝カール5世の依頼によって描かれました。
題材はギリシャ神話に基づき、大神ユピテルが美少年ガニュメデスに魅了され、鷲に姿を変えて彼をオリュンポスへ連れ去る場面を描いています。
画面では大きな鷲に抱え上げられる少年の姿が躍動的に表現され、空へと舞い上がる劇的な瞬間がとらえられており、コレッジョは柔らかな明暗の移行を生むスフマート技法を駆使し、肉体の滑らかさと大気の広がりを一体化させています。
また、対角線を強調した構図によって上昇感を強め、動きと緊張感を伴う劇性を生み出しました。
色彩はヴェネツィア派に通じる豊かさを備えつつも、光の効果によって清澄で幻想的な雰囲気を持ち、後のバロック絵画のダイナミズムに先駆ける要素を示しています。
ルネサンス後期における神話表現の官能性と叙事性の融合を象徴する重要な作品です。

Date.1531-1532
羊飼いの礼拝
聖夜に羊飼いたちが幼子イエスを礼拝する場面を描いている祭壇画です。
この作品は依頼主の私的礼拝用として制作されたと考えられ、宗教画でありながら親密で人間的な雰囲気を持っています。
画面中央の幼子から発せられる神秘的な光が聖母マリアや羊飼いたちの顔や衣服を照らし、周囲の暗闇との対比によって劇的な効果を生み出しています。
ルネサンス絵画の伝統的な遠近法を踏まえながら、スフマートによる柔らかな陰影表現と光のグラデーションを駆使し、静謐でありながら強い霊性を帯びた雰囲気を作り上げ、特に光源を幼子そのものに設定する革新的な表現は後のカラヴァッジョやレンブラントに影響を与え、ルネサンスからバロックへの架け橋となる重要な試みと評価されています。
コレッジョの宗教画における感情表現と光のドラマの頂点を示す作品です。

Date.1529-1530
レダと白鳥
神聖ローマ皇帝カール5世のために描かれた「ジュピターの恋物語」連作の一つです。
主題はギリシャ神話に基づき、大神ユピテルが白鳥に姿を変えてスパルタ王妃レダを誘惑する場面であり、当時としてはきわめて官能的な題材でした。
画面ではレダが白鳥を抱き寄せる姿がしなやかに描かれ、周囲には侍女や丘陵の風景が配されて物語性が補強されています。
コレッジョはスフマートを巧みに用いて女性の肉体を柔らかく輝かせ、ヴェネツィア派に通じる豊かな色彩と光の効果を取り入れながら、官能と気品を両立させています。
また、流れるようなポーズと螺旋的な構図によって動的なリズムを生み出し、後のマニエリスムやバロック絵画に大きな影響を与えました。
ルネサンス後期における神話画の官能性と形式美の融合を示す代表的な作品です。

Date.1530-1531
ダナエ
「ジュピターの恋物語」連作の最後の一作とされています。
題材はオウィディウス『変身物語』に基づき、アルゴス王女ダナエが青銅の塔に幽閉されながらも、黄金の雨に姿を変えたユピテルによって孕む場面を描いています。
画面では横たわるダナエの裸体が中心に置かれ、侍女が布を広げて黄金の雨を受け止める姿が描かれ、神話的奇跡と日常的仕草が巧みに交錯しています。
コレッジョはスフマートによって肌の柔らかさと光の微妙な移ろいを表現し、黄金の雨をきらめく粒子として描くことで幻想性を高めています。
構図は斜めの対角線を強調して空間に動きを与え、肉体の官能性と神秘性を同時に際立たせています。
官能的な神話表現をルネサンスの理想美と融合させ、ティツィアーノやルーベンスといった後世の巨匠たちに影響を及ぼした重要な作品です。

Date.1531
ノリ・メ・タンゲレ
復活したキリストがマグダラのマリアに「私に触れるな」と告げる新約聖書の場面を描いています。
パルマ周辺の個人礼拝用に描かれたと考えられ、ルネサンス後期におけるコレッジョの代表的な宗教画の一つです。
画面では、白い衣をまとったキリストが杖を持ち、ひざまずくマリアに手を差し伸べていますが、触れることを制する仕草で霊的な隔たりを示し、背景には穏やかな風景が広がり、復活の喜びと自然の調和が結び付けられています。
コレッジョはスフマートを用いた柔らかな陰影と光のグラデーションで肉体と衣の質感を繊細に描き、人物の表情には深い感情を込めており、全体は静謐でありながら親密な雰囲気に満ち、神秘性と人間性の両面を巧みに表現しています。
光と感情表現におけるコレッジョの革新性を示し、後のバロック的宗教画への先駆けとなりました。

Date.1525
聖カタリナの神秘の結婚
聖カタリナが幼子イエスから婚約の指輪を授かる伝統的主題を描いています。
個人の礼拝用として依頼されたと考えられ、観想的な信仰の場面を親密で抒情的に表現しています。
画面では玉座に座る聖母マリアが幼子を抱き、聖カタリナは恭しく膝をついて指輪を受け取り、その周囲には聖人や天使が配されています。
コレッジョはスフマートを用いて人物の輪郭を柔らかく溶かし込み、肌や衣の質感に光を滑らかに移ろわせることで、温かく神秘的な雰囲気を醸し出しました。
さらに、色彩はヴェネツィア派に通じる豊かさを備え、人物の配置には三角形構図を基盤とする安定感と調和が見られます。
本作は宗教的荘厳さと親密な感情表現を融合させた典型例であり、後のバロック宗教画に影響を与えた重要な作品と評価されています。

Date.1518-1520
四聖人
パルマのサン・ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ修道院の依頼により描かれました。
画面には聖ヨハネ、聖カタリナ、聖セバスティアヌス、聖アントニウスが配され、中央には聖母子が玉座に座す荘厳な構成がとられています。
「聖会話」(サクラ・コンヴェルサツィオーネ)形式の典型であり、登場する聖人たちが互いに視線や仕草でつながり、静かな対話のような精神的交流を示しています。
コレッジョはスフマートを駆使して柔らかな陰影をつけ、肌や衣服に光を滑らかに溶け込ませることで自然な質感と温かみを生み出しました。
色彩はヴェネツィア派の豊かな調子を取り入れつつ、人物の配置にはピラミッド型の構図を採用し、安定感と調和を実現しています。
コレッジョが宗教画において到達した成熟を示す重要な作品であり、その柔和な感情表現と光の効果は後のバロック絵画に大きな影響を与えました。

Date.1515
キリストの哀悼
キリストの磔刑後、聖母マリアや弟子たちが亡骸を抱いて嘆く場面を描いています。
本作は個人礼拝や小規模な祭壇のために依頼されたと考えられ、救済の悲劇的瞬間を観想的に表現しています。
画面では中央に横たわるキリストの身体が柔らかく表され、マリアがその頭を支え、周囲の聖人や天使が深い悲しみを示しています。
コレッジョはスフマートによって肉体と衣服に滑らかな陰影を与え、光を柔らかく拡散させることで静謐な雰囲気を強調しまし、人物の配置には対角線的な動きを取り入れ、感情の高まりと構図の安定感を両立させています。
色彩は抑制されつつも温かみを帯び、悲しみの中に希望の光を感じさせ、宗教画における感情表現と光の効果の深化を示し、後のマニエリスムやバロックの宗教絵画へとつながる重要な位置を占めています。
