サルバドール・ダリの作品一覧・解説『記憶の固執』、『大自慰者』

サルバドール・ダリの有名(ポピュラー)な作品から、あまり知られていない作品までを厳選して紹介いたします。

記憶の固執

溶けた時計が象徴的に使われ、時間の流動性や現実の不確かさを表現しています。
時計が柔らかく溶けて垂れ下がる姿は、時間が固定されたものではなく、主観的で曖昧なものであることを示唆しています。
背景にはダリの故郷カタルーニャの風景が描かれ、現実と非現実の境界が曖昧にされています。
また、時計に群がるアリや枯れた木は、時間や生命の脆弱さ、そして腐敗の象徴として登場します。ダリはこの作品で、夢と現実、時間の概念に挑み、視覚的にそれらを崩壊させた世界を描き出しました。

記憶の固執 (La persistencia de la memoria)
Date.1931

ナルシスの変貌

ギリシャ神話のナルシスを題材にしています。ナルシスは自分の姿に恋をし、最後には水仙に変わる運命を持つ神話上の人物ですが、ダリはこれを二重イメージで表現しました。
ナルシスが湖に映った自分を見つめる姿が、隣に描かれた巨大な石の手に変わり、その手の中から水仙が咲いている様子が描かれています。
この視覚的な変容は、自己愛とそれに伴う崩壊を象徴しています。
また、背景の荒涼とした風景や冷たい色合いが、ナルシシズムの孤独と自己中心性を強調しています。
ダリはこの作品を通じて、フロイトの精神分析や無意識の探求に基づく人間の心理的変化を描写し、自己愛がもたらす危険性や内面的な変化を視覚的に表現しています。

ナルシスの変貌 (Metamorphosis of Narcissus)
Date.1937

茹でた隠元豆のある柔らかい構造 (Soft Construction with Boiled Beans)

内乱の予感という作品名でも知られており、実際に内戦(スペイン内戦-1936年〜1939年)が始まる数ヶ月前に作品を描きました。
ダリがスペイン内戦を予見して描いた作品です。
中央には、巨大でねじれた人体が描かれており、その体が自らを引き裂こうとしています。
この人物は国が内戦によって自己崩壊し、苦しむ姿を象徴しており、筋肉や皮膚がむき出しになり、暴力や苦痛を視覚的に強調しています。
背景には荒涼とした風景が広がり、全体的に不安定で混乱した雰囲気が漂っています。
この絵は、戦争の破壊的な影響や内的葛藤を描いたもので、スペインの内的分裂を暗示し、ダリの感情的反応を表現しています。

茹でた隠元豆のある柔らかい構造 (Soft Construction with Boiled Beans)
Date.1936

大自慰者

ダリの夢や潜在意識、性的な欲望、恐怖といったテーマを象徴的に表現しています。
画面中央には大きな顔のような形があり、これはダリ自身の横顔をモデルにしたものと言われています。
この顔の上には、昆虫や草花、血などの異様なイメージが重ねられ、性的なシンボリズムが散りばめられています。
たとえば、イメージの中にあるアリは腐敗や死を暗示し、女性の下腹部を連想させる部分はダリの性的な不安や抑圧を示唆しています。
この作品は、ダリ自身の性的なトラウマや恐怖を反映しつつ、当時のシュルレアリスム運動の影響を強く受けた独特のスタイルで描かれており、作品全体は夢のように錯綜し、現実では結びつかない異なるイメージが不安定に共存しています。

大自慰者(The Great Masturbator)
Date.1929

水面に象を映す白鳥

湖に映る白鳥の姿が象の形に見えるという「二重イメージ」を特徴としています。
湖面に映る白鳥の首と反射した像が、象の頭と耳に変わることで、現実と幻想が入り混じった不思議な光景が描かれています。
この作品は、物の見方や知覚がいかに主観的であるかを示し、ダリの超現実主義的なテーマである「変容」や「錯覚」を強調しています。また、静かな自然の風景の中に潜む不安や混乱も表現され、現実世界の不確かさを視覚化しています。

水面に象を映す白鳥 (Swans Reflecting Elephants)
Date.1937

燃えるキリン

スペイン内戦前の不安や恐怖を象徴しています。背景に描かれた燃え上がるキリンは、戦争や破壊の予感を表し、前景に立つ女性たちは、体に引き出しが付いており、フロイトの精神分析に基づく無意識や内的な葛藤を示唆しています。女性の無力な姿や剥き出しの肉体は、人間の脆さや暴力の影響を表現しており、ダリの戦争に対する不安を強調しています。

燃えるキリン (Burning Giraffe)
Date.1937

球体のガラテア

ダリの「超現実主義(シュルレアリスム)」スタイルの典型であり、神話や夢の世界を具現化しています。
絵画の中心には、神話に登場するガラテア(ピグマリオンの彫刻した美しい女性像)が描かれていますが、彼女は球体に分解され、空間に浮遊しているような状態です。
これらの球体は、彼女の体の一部がまるで解体され、抽象的な形で再構成されている様子を表しています。背景は幻想的な空間で、ダリ特有の奇妙な現実感が漂っています。
この作品は、物理的な実体を持つものが非物理的な状態に変化する過程を探求し、物質と精神の境界を曖昧にすることを目的としています。

球体のガラテア (Galatea of the Spheres)
Date.1952

長い脚を持つ象が描かれており、象の脚は極端に細く、高い位置に浮かんでいます。
象たちは神話的な背景や幻想的な風景の中に立ち、異常なバランスで空中に浮かんでいるように見えます。
象の上には、空に浮かぶ大きな天使のような形状の物体があり、象の不安定さと神秘的な空間を強調しています。
ダリは象の長い脚を用いて重力の概念を逆転させ、夢のような非現実的な景観を作り出しています。

象 (The Elephants)
Date.1948

ポルト・リガトの聖母

2つの異なるバージョンが存在します。最初のバージョンは1949年に描かれ、2つ目は1950年に完成されました。これら2つのバージョンの違いは、ダリの芸術的な進化や彼の宗教観、そして作品のテーマに対する表現の深化を反映しています。

1949年のバージョンは、よりコンパクトでシンプルな構図です。
中央に聖母マリアが座っており、キリストの幼子を抱いています。背景にはダリの故郷であるカタルーニャ地方のポルト・リガトの風景が広がり、自然との調和を象徴しています。
聖母像やキリスト像には、ダリらしいシュルレアリスム的な要素が見られ、体が開かれ、空洞のように描かれています。
「聖なる神秘」の象徴であり、物質と霊的存在の共存を表現していると考えられます。

ポルト・リガトの聖母-1 (The Madonna of Port Lligat)
Date.1949

1950年のバージョンは、より大規模で複雑な構図を持ち、細部にわたって豊かな象徴性が強調されています。
聖母マリアとキリストのポーズはほぼ同じですが、周囲の装飾やシンボルが増え、神秘主義的な要素が強調されています。
このバージョンでは、超現実的なオブジェクトが追加され、ダリの宗教的な情熱と宇宙的な視点がよりはっきりと表現されています。

ポルト・リガトの聖母-2 (The Madonna of Port Lligat)
Date.1950

最後の晩餐の秘跡

シュルレアリスムと宗教的テーマを融合させた作品です。
この絵画では、最後の晩餐のシーンが描かれており、ダリの特徴である幻想的な要素が盛り込まれています。
中央には大きな、透過性の円形の幕があり、その中にイエス・キリストと使徒たちが座っています。円形の幕は、キリスト教の聖餐の神秘的な側面を象徴しており、背景には明るい光と幾何学的な形状が広がっています。

最後の晩餐の秘跡 (The Sacrament of the Last Supper)
Date.1955