
ジャン=バティスト・グルーズの有名(ポピュラー)な作品から、あまり知られていない作品までを厳選して紹介いたします。
割れた卵
18世紀フランスの風俗画で、彼の代表的な寓意的作品のひとつです。
画面には若い女性が床に座り、壊れた卵を見つめている姿が描かれています。彼女の横には籠や台があり、割れた卵の殻と中身が散らばっています。
この卵は単なる静物ではなく、しばしば「失われた純潔」や「取り返しのつかない出来事」を象徴する寓意として解釈されます。
つまり一度割れてしまった卵が元に戻らないように、失われた無垢さや過ちの結果は元には戻らないという道徳的メッセージを込めているのです。
グルーズはこのように日常的な情景に象徴的な意味を重ね、見る者に感情的な共感と教訓的な思索を促すことを得意とし、この作品もまた、彼の特徴である叙情的な人物描写と道徳的寓意が結びついた典型例といえます。

Date.1756
壊れた甕(かめ)
18世紀フランスの風俗画の中でも象徴性が強い作品です。
画面には壊れた水甕を抱える少女が描かれ、彼女は愛らしくもわずかに恥じらいを帯びた表情をしています。
この「壊れた甕」は当時の寓意表現において処女性の喪失や取り返しのつかない過ちを暗示する象徴とされ、清らかさを失ったことをほのめかす要素として読み取られてきました。
甕から水が漏れ出す様子は、純潔が一度失われれば元には戻らないという教訓的意味を示しており、同時に少女の可憐さと脆さを強調しています。
グルーズは日常的で素朴な主題に道徳的な含意を与えることで、観る者に感情移入と道徳的省察を促し、18世紀フランス社会の感受性に強く訴えかけました。
この作品は彼の道徳寓意画の代表例として評価されています。
甕(かめ)とは、主に水や酒などの液体、またはぬか漬けや梅干しなどの漬物を貯蔵・発酵させるために使われる、胴がふくらみ口が広く深い陶製あるいは金属製の容器のことです。

Date.1772
村の花嫁
彼の名を広く知らしめた作品です。
農村の家を舞台に、娘が結婚の契約を結ぶ場面が描かれており、父親が花嫁の手を花婿に渡す瞬間が中心に据えられています。
家族は周囲に集まり、母や兄弟姉妹が感慨深く見守る姿が表情豊かに表現され、場面全体が温かな道徳劇のように構成されています。
この作品は結婚を単なる個人の出来事としてではなく、家族と社会の絆を強調する徳目として描いており、18世紀啓蒙思想の影響を色濃く反映しています。
グルーズは写実的な描写と感情に訴える表情表現を組み合わせることで、観る者に感動と道徳的共感を与えることを目指し、この作品は当時のサロンでも大きな反響を呼びました。

Date.1761
父の呪い
1777年のサロンに出品された大作で、彼の道徳劇的絵画の典型例です。
作品には父親が息子を激しく叱責し、家から追い出す場面が描かれています。息子は軍隊に志願する意志を示しているものの、父はその行為を家族の責任や勤勉を放棄する裏切りとみなし、怒りと悲嘆に満ちた姿で描かれています。
周囲の家族は涙や驚愕の表情を浮かべ、それぞれが複雑な感情を体現しており、観る者に強い共感を呼び起こします。
グルーズはこの作品で家族の絆や親への義務といった道徳的テーマを強調し、当時の啓蒙思想と社会的価値観を反映させています。
彼の特徴である表情豊かな人物描写と寓意的メッセージが結びつき、単なる家庭の一場面を超えて普遍的な道徳劇として表現されているのがこの作品の特色です。

Date.1777
甘やかされた子供
1777年のサロンに出品された道徳的主題の風俗画で、家庭における教育の在り方を寓意的に描いています。
画面では病に伏す父親の枕元で、家族が悲嘆に暮れる中、一人の息子だけが無関心にふるまい、親の苦境に心を寄せない姿が表現されています。
この息子は幼少期から過度に甘やかされて育ち、責任感や孝行心を欠いた人物となってしまったことを象徴しており、父の死の場面でその欠陥が露わになります。
グルーズはこの構図を通じて、親の教育姿勢の誤りが子供の人格を歪め、家庭や社会に不幸をもたらすという道徳的教訓を提示しています。
感情に訴える表情描写と劇的な構成は、彼の作品特有の「絵画による道徳劇」を体現しており、当時の観客に強い印象を与えました。

Date.1765
慰めようのない未亡人
1777年のサロンに出品された道徳的情景画で、深い悲嘆に沈む女性像を中心に描かれています。
画面には亡き夫を失った未亡人が沈痛な面持ちで座り、膝には幼い子供が寄り添っています。
彼女の表情や身振りは絶望と喪失感を鮮烈に伝え、同時に母としての責任を抱えながら苦境に耐える姿を象徴しています。
グルーズはこの作品で、死別という避けがたい運命と家族の絆を強調し、観る者に共感と道徳的思索を促そうとしました。
写実的で感情豊かな筆致は、彼が追求した「絵画による道徳劇」の典型であり、当時の社会で重視された家族愛と道徳教育の理念を映し出しています。

Date.1763
聖書朗読
家庭の中で信仰と道徳教育の重要性を描いた寓意的風俗画です。
画面には家族が集まり、年長者が聖書を読み上げ、それを子供や若者たちが真剣に聞き入る場面が表現されており、人物たちの表情や仕草は敬虔さと温かさに満ちており、家庭における宗教教育が子供たちの徳を育むことを強調しています。
グルーズはこの作品で、宗教的な実践を通じて家族の絆を深め、社会的秩序を維持するという啓蒙時代の道徳観を視覚的に示しました。
写実的な描写と感情豊かな構成によって、単なる日常風景以上の寓意を与え、観る者に共感と教育的示唆を促すのがこの作品の特色です。
