
アンリ・マティスの有名(ポピュラー)な作品から、あまり知られていない作品までを厳選して紹介いたします。
生命の喜び
フォーヴィスムを代表する大作で、鮮烈な色彩と自由な線描によって人間の本能的な喜びと自然との調和を表現しています。
画面全体は、大胆な赤や緑、黄、紫など非現実的な色で満たされ、中央には裸の人物たちが踊ったり横たわったり、音楽を奏でたりしている様子が描かれています。
遠近法や陰影が省略されているため、平面的で装飾的な構成が強調され、視覚的な快楽が前面に出ており、マティスはこの作品で、現実の再現ではなく、色と形による感情の伝達を追求しており、ピカソらのキュビスムとは対照的な方向性を提示しました。
全体として『生命の喜び』は、楽園的世界への憧れと人間の根源的な幸福感を描いた象徴的作品であり、20世紀美術の転換点となりました。

Date.1906
帽子をかぶった女性
彼の妻アメリーをモデルにした肖像画で、フォーヴィスムの代表作の一つとされています。
伝統的な陰影や写実的な色彩を拒否し、顔に緑や青、赤などの鮮烈な非自然的な色を大胆に配置することで、感情や印象を視覚的に表現しています。
背景や帽子、衣服も自由で装飾的な筆致によって描かれており、全体に強い色彩のコントラストが作品にリズムと緊張感を与えています。
当時の観客からは激しい批判を受けましたが、マティスにとっては色彩による造形表現の革新を示す重要な作品であり、フォーヴィスムの色彩理論と芸術観を体現しています。

Date.1905
ダンス(Ⅱ)
5人の裸の人物が手を取り合い、円を描くように踊っており、背景は青い空と緑の大地、人物は赤一色で描かれています。
構図は非常に単純化され、人物の形は曲線的で装飾的、陰影や細部描写は排され、色彩の強烈な対比によって躍動感と解放感を生み出しています。
この作品は、ロシアのコレクター、セルゲイ・シチューキンの依頼で描かれたもので、同時に制作された《音楽》と対をなします。
マティスはここで、自然主義的な再現ではなく、色と形による感情表現を追求し、フォーヴィスムからさらに進んだ単純化と色面構成の実験を行いました。
赤は生命力と情熱、緑は大地の安定、青は広がる空を象徴し、全体として原始的なエネルギーと人間の根源的な喜びを表現しています。

Date.1909
音楽
同年制作の《ダンス(Ⅱ)》と対をなす作品で、緑の大地と青い空を背景に、5人の人物が座って楽器を演奏したり歌ったりする様子を描いています。
人物は赤一色で塗られ、形は単純化されており、陰影や細部は省略され、色面の対比と配置によって構成全体のリズムが生み出されています。
楽器を持つ人物や歌う人物の配置は視覚的な「音の流れ」を感じさせ、観る者に聴覚的イメージを喚起します。
写実ではなく、色彩と形の単純化によって感情や本質を表すというマティスの理念が明確に示され、生命力と精神的調和を象徴する作品となっています。

Date.199
赤いアトリエ
全体を覆う深い赤色の壁と床を背景に、マティス自身の制作した絵画や彫刻、家具、日用品が配置された室内を描いた作品です。
遠近法や光の再現は意図的に抑えられ、赤の平面の上に線描で家具や物の輪郭が示され、その間に実際の作品や小物が鮮やかな色で浮かび上がります。
ここでマティスは、色を単なる対象の写実表現ではなく、空間そのものを構築し、感情を伝える主要な要素として用いています。
赤一色の支配的な背景は、物理的な奥行きを溶かし、すべての要素を同じ平面上に並べることで、現実と装飾の境界を曖昧にし、絵画そのものを一つの統一された芸術空間へと変えています。
作品はフォーヴィスム以降のマティスの色彩探求の到達点の一つであり、彼の「色による空間表現」という理念を象徴しています。

Date.1911
赤のハーモニー
赤一色に支配された室内で、テーブルを整える女性と、その上に並ぶ果物や器、花を描いた作品です。
画面の赤は壁からテーブルクロスへと連続し、花柄の装飾模様が全体を覆って、奥行き感を消し去り、平面性を強調しており、窓から見える外の景色も同じ画面構成の中に組み込まれ、現実の空間と装飾的な構成が溶け合っています。
形の単純化と色面の強烈な対比により、現実描写よりも色彩の感情的効果を重視し、絵画を視覚的リズムと色の調和による純粋な芸術空間として成立させました。
フォーヴィスムの流れを受けつつも、より構築的で洗練された色彩理論の実践例とされています。

Date.1908
豪奢、静寂、逸楽
地中海の海辺で裸の男女がくつろぎ、音楽や会話を楽しむ様子を描いた作品で、タイトルはボードレールの詩「旅への誘い」から取られています。
点描法を用いたフォーヴィスム以前の時期の作で、鮮やかな補色の組み合わせによる光の表現と、構図全体の穏やかな調和が特徴です。
人物は写実的ではなく簡略化され、背景の海や緑地とともに色彩のリズムを構成し、観る者に永遠の安らぎと官能的な喜びを想起させます。
自然を理想化した楽園的空間が描かれ、マティスが後に追求する「快楽の絵画」という理念の原型がすでに現れています。
