
ジョン・エヴァレット・ミレーの有名(ポピュラー)な作品から、あまり知られていない作品までを厳選して紹介いたします。
盲目の少女
視覚を失った少女の内面の孤独と繊細な感情を描いた作品です。
画面中央には、目を閉じて静かに座る少女が描かれ、手には楽器や書物などを持たず、視覚に頼らない静寂な世界が表現されています。
ミレーは人物の表情や手の仕草、衣服の質感を丁寧に描き、心理的な深みを与えています。
背景は暗く抑えられ、柔らかな光が少女に差し込むことで、孤独ながらも尊厳を感じさせる雰囲気を作り出しています。
色彩は落ち着いたトーンを基調とし、哀愁や静謐さを強調しており、全体として、プリラファエライト派の精密な描写と文学的・感情的主題の融合が見られ、視覚に頼らない存在の内面世界を詩的に表現した作品です。

Date.1856
秋の落ち葉
彼の後期プリ・ラファエル前派としての特徴を色濃く示す作品です。
スコットランド・パースの自宅庭園で、妻エフィの妹アリスとその友人たちをモデルに描かれました。
4人の少女が夕暮れ時に落ち葉を集めて積み上げ、煙を上げる様子が描かれています。
火そのものは描かれていませんが、煙が葉の間から立ち上ることで、焚き火の存在が示唆されており、ミレーはこの作品を「美しさに満ち、テーマのない絵」として制作したとされ、批評家ジョン・ラスキンはこれを「完璧に描かれた黄昏の初例」と評しました。
また、彼の妻エフィは、ミレーが「美しさに満ち、テーマのない絵を描こうとした」と述べています。
この絵は、19世紀中葉の美術における美的運動の先駆けとされ、自然の美しさと儚さを強調することで、観る者に深い感情的共鳴を呼び起こします。
また、絵の中で煙を上げる葉の積み重ねや、夕暮れ時の柔らかな光が、秋の季節感とともに、過ぎ去りゆく時間の儚さを象徴しています。

Date.1851
オフィーリア
ウィリアム・シェイクスピアの『ハムレット』に登場する悲劇的なヒロイン、オフィーリアの死の瞬間を描いた作品です。
ミレーはプリラファエライト派の影響を受け、細部へのこだわりと鮮やかな色彩を重視しています。
作品では、オフィーリアが小川の中で倒れ、花々に囲まれて漂う姿が描かれ、彼女の衣服や水面に映る光、周囲の自然の描写が非常に丁寧です。
花はそれぞれ象徴的で、例えばワスレナグサは無垢、デイジーは純真、ポピーは死や眠りを意味し、オフィーリアの悲劇的な運命を暗示しており、ミレーは女性の繊細な心理や悲しみを自然と融合させることで、見る者に深い感情的共鳴を与えています。
全体として、写実的でありながら詩的な雰囲気を持ち、19世紀イギリスの美術における理想化された自然描写と感情表現の典型例とされています。

Date.1852
マリアナ
アルフレッド・テニソンの詩『マリアナ』に触発された作品で、孤独と失恋の女性を描いています。
絵の中心には、窓辺で手を組み、憂いに沈む若い女性マリアナが描かれており、彼女の沈んだ表情や姿勢から深い悲しみが伝わります。
室内の細部は非常に写実的で、床のタイルや家具、壁の装飾に至るまで緻密に描かれ、女性の心理状態を周囲の環境と融合させています。
窓の外の光は室内に柔らかく差し込み、希望と絶望の微妙な対比を生み出しています。
色彩は抑えめで落ち着いたトーンが中心で、哀愁と静謐さを強調しています。
全体として、プリラファエライト派の特徴である精緻な描写と文学的主題の結合を体現し、女性の内面の感情を自然と調和させながら表現した作品です。

Date.1856
サン・バルテルミの日のユグノー
1572年のサン・バルテルミの虐殺を題材にした歴史画です。
画面中央には恐怖に震えるユグノー教徒たちが描かれ、炎と血の中で逃げ惑う姿が緊張感と悲劇性を強く表現しています。
ミレーは人物の表情や衣服の質感、武器や建物の細部に至るまで写実的に描写し、惨劇の現実感を際立たせています。
また、色彩は暗めのトーンを基調に赤や黄の炎を対比的に用いることで、混乱と暴力の迫力を視覚的に強調しており、背景には建物や街並みの細密な描写があり、事件の歴史的文脈を補強しています。
全体として、プリラファエライト派の特徴である精密な描写と文学・歴史的主題の融合を示し、人間の悲劇と宗教的対立の残酷さを力強く伝える作品です。

Date.1852
1746年の放免令
スコットランドのジャコバイト蜂起後の歴史的な情景を描いています。
この作品は、ミレーが初期のプリ・ラファエル前派から離れ、より写実的で感情豊かな表現へと移行する過程を示す重要な転機となりました。
絵画の中心には、1746年のカローデンの戦いで敗北したジャコバイト兵士の妻が描かれています。
彼女は幼い子どもを抱え、夫の釈放命令を看守に示している場面です。夫は傷つき、感情を抑えきれずに彼女に抱きついています。
ミレーはこの女性の姿を、後に彼の妻となるエフィ・グレイをモデルにして描き、感情の抑制と内面の強さを同時に表現しており、特に女性の心理描写に対するミレーの関心が反映されています。
背景は簡素で暗く、人物の感情を際立たせるための効果的な手法として用いられ、ミレーの芸術的発展と感情表現の深化を示す重要な作品とされています。

Date.1853
ロレンツォとイザベラ
ジョン・キーツの詩『Isabella, or the Pot of Basil』を題材にした作品で、恋人同士の悲劇的な愛を描いています。
画面中央には、イザベラがロレンツォの手を握り、互いに深い感情を交わす姿が描かれています。
二人の表情や手の動きは繊細に表現され、情熱と悲しみの入り混じった心理を伝えています。
背景には中世的な室内装飾が緻密に描かれ、物語の舞台となるイタリアの雰囲気を再現しており、色彩は深みのある赤や青を基調に用い、愛の情熱と悲劇性を強調しています。
全体として、プリラファエライト派の特徴である精密な描写と文学的主題の融合が顕著で、人物の心理描写と装飾的背景を巧みに結び付けた作品です。

Date.1849
ブラック・ブランズウィッカー
ナポレオン戦争時代のドイツ義勇軍「ブラック・ブランズウィッカー隊」の兵士とその恋人との別れの情景を描いた作品です。
この絵は、1815年6月15日のリッチモンド公爵夫人の舞踏会から、兵士たちが戦場へ赴く場面を想起させます。
兵士はドアを開けようとし、女性はそれを引き止めようとしています。
女性のドレスの赤いリボンや、犬の赤いリボンなど、細部にまで感情が込められており、背景にはナポレオンの肖像画が掛けられており、彼女がナポレオンに心酔しているのではないかという批評家の指摘もあります。
この作品は、ミレーが以前の成功作『ユグノー』と類似した構図を用いて制作したとされ、感情表現と写実性が高く評価されました。
制作には約3ヶ月を要し、チャールズ・ディケンズの娘ケイティ・ディケンズが女性モデルを務め、男性モデルは匿名の兵士であったと伝えられています。
完成後、画商アーネスト・ガンバートにより1000ギニーで購入され、後にレディ・レバー・アート・ギャラリーに所蔵されています。

Date.1860
シャボン玉
少年がしゃぼん玉を吹く瞬間を繊細に描いた作品で、日常の無垢なひとときを詩的に表現しています。
画面中央には、しゃぼん玉を吹く少年の姿があり、表情や手の動き、息づかいまで感じられるよう緻密に描写されています。
背景は柔らかな自然光に包まれ、空気の透明感や光の反射によって、しゃぼん玉の儚さと美しさが際立っています。
色彩は柔らかいパステル調で、温かみと穏やかさを与え、プリラファエライト派特有の細密描写と写実的な質感を示しています。
全体として、少年の純真さや瞬間の美しさを丁寧に捉え、日常の中の小さな奇跡を詩的に表現した作品です。
