
アンリ・ルソーの有名(ポピュラー)な作品から、あまり知られていない作品までを厳選して紹介いたします。
夢
アンリの最後の大作で、ジャングルの中でソファに横たわる裸婦を中心に描いた幻想的な油彩画です。
都会的なインテリア家具と密林という現実ではあり得ない組み合わせが強烈な非現実感を生み出しており、まさに「夢」の世界を表現しています。
右側にはフルートを吹く黒人の楽士、画面全体には色鮮やかな植物や動物(ライオン、ゾウ、ヘビ、鳥など)が描かれ、ルソー特有の想像力と独自の空間構成が際立っています。
画面は非遠近法的で平面的に構成され、素朴で硬質な筆致と色彩が幻想性を高めています。
この作品はナイーブ・アート(素朴派)として分類されますが、シュルレアリスムや近代絵画の先駆けとしても高く評価されており、夢と現実、文明と自然の対比を通じて観る者の想像力を強く刺激する作品です。

Date.1910
熱帯嵐のなかのトラ
初のジャングルをモチーフとした絵画で、荒れ狂う嵐の中、密林を駆けるトラを描いた作品です。
暗く渦巻く空としなる木々、斜めに降る雨が画面全体に緊張感と動きを与え、中央のトラは驚きと恐怖に満ちた表情で力強く描かれています。
ルソーは実際にジャングルを訪れたわけではなく、植物園や図鑑をもとに想像で構成しており、非写実的で装飾的な描写が特徴です。
筆致は粗く、遠近法を無視した構図と平坦な空間処理が幻想的な効果を生み、ナイーブ・アート独自の魅力を発揮しています。
自然の暴力と動物の本能的反応を詩的かつ劇的に表現したこの作品は、ルソーの代表的ジャングルシリーズの原点として評価されています。

Date.1891
眠るジプシー女
月夜の砂漠に横たわるジプシーの女と、彼女を見つめるライオンを描いた幻想的な風景画です。
女性は民族衣装をまとい、マンドリンと水差しを傍らに眠っており、彼女を襲うことなく静かに佇むライオンの姿が、夢と現実、野性と無垢の不思議な調和を象徴しています。
背景には静かな夜空と満月が広がり、全体的に静謐で神秘的な雰囲気が漂います。
平面的で単純化された形態と鮮明な輪郭、装飾的な色彩がルソー特有のナイーブ・アートのスタイルを示しており、非現実的な構図ながら見る者に強い印象を与え、現実を超えた夢想の世界と詩的な静けさを融合させたルソーの象徴的傑作の一つとされています。

Date.1897
蛇使いの女
月明かりのジャングルの中で笛を吹く黒い蛇使いの女と、それに魅了されてうねる無数の蛇が描かれており、画面は濃密な熱帯植物で構成され、暗い背景と月光のコントラストが幻想的な雰囲気を強調しています。
人物は神秘的で無表情、光と影の扱いも独特で、観る者を夢のような非現実空間に引き込みます。
ルソーは植物園や図鑑を参考にし、実体験のないジャングルを想像で描いており、平面的な構図、装飾的な色彩、非写実的な形態がナイーブ・アートの典型です。
この作品はシュルレアリスム的要素を先取りし、自然と神秘、無意識の世界を象徴的に表現したルソー後期の代表作とされています。

Date.1907
飢えたライオン
ジャングルを題材とした作品で、密林の中でライオンがアンテロープに襲いかかる瞬間を描いています。
画面は濃密な植物に覆われ、中央でライオンが獲物にかみつく緊迫した情景が展開され、背景にはフクロウや鳥なども静かに配置されて自然の生態系が幻想的に表現されています。
遠近感のない平面的な構成と細密な植物の描写、装飾的な色彩はルソー特有のナイーブ・アートの特徴であり、実際の体験ではなく動物図鑑や植物園の資料に基づいた想像力によって構成されています。
暴力的な主題を扱いながらも、静けさと詩的な空気を併せ持つこの作品は、自然の神秘と生命の循環を象徴的に表したルソー後期の重要作とされています。

Date.1905
岩の上の子供
荒涼とした岩場に一人座る子供の姿を中央に据えた構成が特徴です。
子供は遠くを見つめるような無表情な顔で描かれ、背景には広がる空と海、そして単純化された自然の風景が広がり、静寂と孤独感が漂います。
写実性よりも装飾性と象徴性が重視されており、平坦な空間構成と鮮やかな色使い、細部に宿る独特の緊張感がルソーのナイーブ・アートの特徴を示しています。
この作品は子供の孤独や内面的な静けさを詩的に表現しており、初期のルソーが風景と人物を組み合わせて幻想的な空間を創出した好例とされています。

Date.1896
詩人に霊感を与えるミューズ
象徴的な肖像画で、詩人ギヨーム・アポリネールとその恋人マリー・ローランサンをモデルに、詩人と彼に霊感を与えるミューズ(女性)を並んで描いています。
背景には静かな自然風景が広がり、人物は硬直したポーズと無表情で描かれ、非現実的で夢のような雰囲気を醸し出しており、画面全体は平坦で遠近感がなく、装飾的な色彩と単純な形態がナイーブ・アートの特徴を示しており、詩と芸術、愛と霊感の結びつきを静かに象徴しています。
この作品はルソーの人間関係と象徴主義的傾向が表れた晩年の重要作とされ、現実と幻想の融合という彼の芸術の核心をよく表しています。

Date.1909
牧草地
初期の風景画で、広々とした野原に草を食む動物たちや人々の姿を平和的に描いています。
画面は明るく素朴で、細かく描かれた草花や木々、遠景の家並みが調和し、田園の日常風景に詩的な静けさを与えています。
遠近法は未熟で人物や動物の描写も硬くぎこちないものの、それが独特の素朴さと温かみに繋がっており、ナイーブ・アートの萌芽が見られます。
この作品はルソーが本格的にジャングル画へ向かう前の重要な過渡期に位置づけられ、自然と人間の穏やかな共存を表現した初期の代表作とされています。
