
美術館やオークションで高額取引される名画の世界には、常に「贋作(がんさく)」の影がつきまといます。
贋作とは、特定の画家の作品であるかのように装って制作・流通した偽物の美術品のことを指します。
単なる模写やレプリカとは異なり、鑑賞者や市場を欺く意図がある点が最大の特徴です。
目次
なぜ贋作は生まれるのか
① 名画の価値が高すぎるため
ピカソやゴッホ、モネなどの作品は数十億円単位で取引されることも珍しくありません。
その莫大な経済価値が、贋作者にとって大きな動機となります。
② 作家の作風が模倣しやすい
印象派やバロック絵画の一部は、筆致や色彩を研究すれば再現可能な要素も多く、技術力の高い贋作者ほど見抜くのが難しくなります。
③ 来歴(プロヴェナンス)の不透明さ
古い作品ほど所有履歴が曖昧になりがちで、その隙を突いて贋作が本物として流通するケースがあります。
この3点を整えるだけで、数千円のポスターでも驚くほど高見えします。
贋作と模写・レプリカの違い
混同されがちですが、以下のような明確な違いがあります。
- 模写・レプリカ:学習や鑑賞目的で制作。贋作として販売しない
- 贋作:本物と偽って市場に出す意図がある
つまり、問題となるのは「欺く意図」の有無です。
有名な贋作事件
ハン・ファン・メーヘレン事件
20世紀最大の贋作事件として知られるのが、オランダの画家ハン・ファン・メーヘレンによるフェルメール贋作事件です。
彼は1930年代から40年代にかけて、ヨハネス・フェルメールの「失われた宗教画」を想定した作品を次々と制作しました。
当時、フェルメールは作品数が少なく、初期の宗教画については資料も乏しかったため、「未知のフェルメール」が見つかる余地があると考えられていました。メーヘレンはこの盲点を突き、17世紀風のキャンバスを使用し、ベークライトを混ぜた絵具を低温で焼き付けることで、長年経過したような硬化を人工的に再現しました。
彼の贋作《エマオの晩餐》はフェルメール的ではない宗教画であったが、フェルメールの『天文学者』に通ずる構成の絵画であったことと当時の一般的な科学分析をすべて欺く一品で、フェルメール著名な美術史家からフェルメールの最高傑作などと絶賛され、オランダ国立美術館にまで収蔵されます。
事件が発覚したのは第二次世界大戦後、ナチス高官に国宝級のフェルメールを売却したとして、メーヘレンが「国家反逆罪」で告発されたことがきっかけでした。彼は死刑を免れるため、「あれは私が描いた贋作だ」と自白し、法廷で実演制作まで行いました。
この事件は、権威ある鑑定であっても絶対ではないという事実を美術界に突きつけました。

エル・グレコ贋作事件
エル・グレコの贋作は、彼の画風が時期によって大きく変化する点を利用して作られました。
細長い人体表現や幻想的な色彩は、「個性的」という言葉で片付けられやすく、多少の違和感があっても真作と判断されがちでした。
20世紀初頭には、多くの「新発見のエル・グレコ」が市場に流通しましたが、後の研究で複数が工房作、もしくは後世の贋作であることが判明しています。
このケースは、作風の多様性が鑑定を難しくする典型例です。

モディリアーニ贋作事件
アメデオ・モディリアーニは、贋作が最も多い画家の一人として知られています。
彼の作品は単純化された線と独特な顔立ちが特徴で、技術的に模倣しやすい一方、真作のカタログ・レゾネ(公式作品集)が長らく確定していませんでした。
2017年、イタリア・ジェノヴァで開催されたモディリアーニ展では、展示作品の半数以上が贋作の疑いがあるとして押収され、展覧会自体が中止に追い込まれました。
専門家の間でも意見が割れ、「誰の鑑定を信じるべきか」という問題が一般メディアでも大きく取り上げられました。
この事件は、市場評価が高い画家ほど贋作の温床になるという現実を象徴しています。
日本の岡山県の大原美術館に貯蔵している「受胎告知」という作品も贋作疑惑がもたれています。
贋作はどのように見抜かれるのか
科学的鑑定
- 顔料分析
- カーボン14年代測定
- X線・赤外線撮影
画家が生きていた時代には存在しない絵具が使われていれば、贋作と判断されます。
美術史的鑑定
- 筆致や構図の癖
- 画家特有の変遷との整合性
- 他作品との比較
経験豊富な研究者の「目」は、今も重要な判断材料です。
贋作から学べること
贋作問題は、美術作品の価値が「技術」だけでなく、歴史・文脈・信頼によって成り立っていることを浮き彫りにします。
本物とされる作品も、絶対的なものではなく、常に再検証の対象なのです。
1つでも欠けると、安っぽく見える原因になります。






